東京高等裁判所昭和37年10月6日

主 文
原審判を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差戻す。

理 由
抗告人は「主文同旨又は相手方の婚姻費用分担の請求を棄却する」との裁判を求め、その抗告の理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。
民法第七六〇条によれば、夫婦はその資産収入その他一切の事情を考慮し、婚姻から生ずる費用を分担する,ものと定められている。この規定は同法第七五二条の定める夫婦相互の同居、協力及び扶助の義務と密接の関連を有し、婚姻生活は夫婦が円満に、相互に協力することによつて一体となり精神的にも物質的にも苦楽を共にするものであつて、その資産状態や社会的地位に応じて夫婦 一体の生活としてなされるものであるから、夫婦法定財産制のもとにおいては、婚姻生活より生ずる費用はその資産収入等に応じて相互に分担すべきものとされたものと理解することができる。
婚姻の生活費用は夫婦が別居している場合にも、相互に請求し得ることは民法第七五二条の規定上明かであるが、その分担を定めた趣旨が上記判示のように、夫婦の協力による婚姻生活の保持に基礎をおくものである以上、夫婦がその生活の必要上その他の事由で協議の上別居しているような場合には、妻がその生活に要する費用等の分担を請求し得るのは当然であるが、全く正当の事由もなく夫の意思に反して別居しているような場合には、妻は夫婦の同居義務または協力義務という夫婦の共同生活における本質的な義務に違反しているのであるから,扶助義務の履行を請求することが権利の濫用として許されない場合のあることも考えられる。ただ夫婦生活もそうかんたんではなく、いろいろ複雑なものを含んでいるから、別居についても、右記のような両極端な場合以外に中間にいろいろの別居生活が考えられるが、その場合には、後記のような事情その他各種の事情を十分に封酌して、具体的な場合に適合する扶助料を請求し得るものと解するを相当とする。たとえば、夫婦が実質的な夫婦関係を継続しているかどうか、別居するに至つた事情、ことにそれが一方の意に反しているような場合には、その原因がどんな事情に基くものであるか、さらにまた、夫婦それぞれの収入と生活状態を考慮して、一方の生活のみを重視して他方の生活を軽視することなく権衡を保つなど、諸般の事情を斯酌して定めなければならないものと解する。もつとも、民法第七六〇条にいう婚姻から生ずる費用中には夫婦自身の生活保持の費用のほかに、未成年の子の生活費等をも包含するものと解すべきであるから、別居中の妻が未成年の子を養育している場合においては、別居事由のいかんにかかわらず、それに要する費用の分担を夫に対し請求し得ることは別問題である(民法第八一3一〇条参照)。本件についてこれをみるに、相手方は昭和二五年一二月二八日抗告人と婚姻したが、長男○○が出生 (昭和三一年□月□日出生)すると間もなく、昭和三一年□月□日山口県○○の実父○○方に右○○を連れて別居し、昭和三六年一月上京後もいぜんとして別居生活を続けており、その間抗告人は相手方に全然仕送りをしていないことは本件記録によつてこれを認めることができる。
原審判は明確に判示していないが、その全部の趣旨からすれば、夫婦であるどの一事で抗告人は相手方に対し婚姻生活費を分担すべき義務があるものとして、抗告人に対し審判の申立がなされた昭和三六年八月以降毎月金一万五千円の支払を命じているのである。しかしながら、上記のように 相手方は昭和三一年二月一日以来本件審判の申立をなしたときまででも約五年以上に亘つて別居生活を続けており、右別居の原因については双方の申立に相違のあることも本件記録上明らかである (抗告人提出の訴状の写によれば、現に抗告人から相手方に対し悪意の遺棄を理由とする離婚訴訟が東京地方裁判所に係属していることも認められる)から、右別居中における長男○○の養育のために要する費用は格別として、相手方自身の生活保持のために要する費用については、抗告人と相手方とが実質的に夫婦関係を継続しているかどうか、相手方の別居生活がどんな事由に基くものであるかどうか、その他上記のような諸般の事情を調査確定した上でなければ抗告人にその負担の義 務があるかどうか、さらにどの程度の額が相当であるかは判定できないものといわなければならない。それなのに、原裁判所は右記の諸点について調査ないし審理をなした形跡は本件記録の上ではあまり発見することができないばかりでなく、原審判では別居している事情についてはなにも触れていないし、抗告人の支出費用については殆んど判断をしていない。もつとも、原審は双方の収人について調査をしているが、その点についても抗告人についてはその月収及び夏期並びに冬期の各手当等一年間の全収入を基礎としながら、相手方については記録添付の給与支給証明書 (記録第二-丁)に基き、相手方の昭和三六年七月、八月及び九月分の給与のみを基礎とし一カ年の平均収入を算出して不合理があるばかりでなく、その生活費についても、相手方については精しい調査をなしているが、他方抗告人については先妻との間の長女○○並びに母○○の生活環境及び抗告人とその扶養する家族の生活のために抗告人の支出する費用等について十分な調査をなしたことも記録上これを認めることができない。(本件記録によれば、抗告人が調査に非協力的であつたことを窺うことができるが、そのことを考慮しても、右のように判断せさるを得ない。)
よつて、抗告人と相手方がたんに夫婦であつて、相手方がその収入によつては一カ月金一万五干余円の支出に不足をきたすものとして、抗告人に対し毎月右不足分中金一万五千円の支払を命じた原審判は失当であつて、本件抗告は埋由があるから、原審判を取り消し、さらに上記の諸点について審理を尽くさせるために本件を原裁判所に差戻すこととして、主文のとおり決定する。

裁判長裁判官 村松俊夫
裁判官 伊藤頭信
裁判官 杉山孝

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